2010/06/12

審美歯科治療
















#9 Pressable Ceramic Crown   CreationLF with CreationCP Coping

審美歯科治療において患者の思いを歯科医師はどこまで汲み取り、
また、歯科技工士にどこまで伝えきれているのだろうか。

たとえば初めての美容院に行き、気に入った髪形にしてもらえる事は少ない。
前髪の長さ一つにしても気に入らない事が多いのは、私だけだろうか。
どんなに口で説明し身振り手振り、あるいは写真などの切抜きを見せたところで、
気にいらない経験をしたことのある人も少なくはないだろう。
コミュニケーションというものは、そもそも難しいものだ。
美容師の技術的な問題もあるが、自分の思いを相手に伝えるのは非常に難しいし、
相手の気持ちを汲み取る事もまた非常に難しい。

さらに言えば、
異国の地でその国の言葉を上手く話せない人が通訳を伴って美容院に行くとする。
気に入った髪形にしてもらうにはおそらく相当苦労する。その難しさは容易に想像が付く。

歯科治療の事をあまり知らない患者を異国でその国の言葉を話せない人としたなら、
歯科医師がその思いを代弁する通訳で、歯科技工士は求められるものを提供する美容師。
さて、作られた技工物は本当に患者の望んでいたものなのだろうか...疑問だ。
色調あるいは形態にしても、患者のこだわりが強ければ強いほど、
求める側と作る側とで十分なコミュニケーションが必要になる。
しかし、患者と歯科技工士との間で直接やり取りが行われることは少ない。

患者が望む審美的回復がどこまでのものなのか、
どのような処置が可能で、また患者の要求を満足させるための施術。
そして歯科技工物に至るまで現場のトップである歯科医師に委ねられているのが現状だ。

そして、通訳はこう言うかも知れない。異国の地で嘆いているその人に、
 『あなたの言っていることを私はすべて正確に伝えた、
  望む髪型に出来ないのは美容師の技術的な問題。他所へ行きましょう 』 と。

歯科治療における歯科医師と歯科技工士の間にある構造的な問題は、
治療を行う人間と歯科技工物を提供する人間が違うところにある。
そして、そこには絶対的な上下関係が横たわっているのも事実だ。

あまり髪型にこだわりがない人なら、
あるいはその美容師の技術に惚れ込んでいる人ならどうだろうか。
おそらく問題は少ない。それがたとえ異国の地であったとしても。
美容師はその人の一通りの要望を聞き、その人に一番似合う髪型にまとめ上げる。
あなたの髪質は...毛の流れが...最近流行の...と、
簡単な言葉を添え、気に入ってもらうことは容易い。

一般的に患者と歯科医師の間では、これに似た関係が生じやすい。

多くの場合は 患者自身の歯科に対する知識の乏しさ故、こだわりも少ない。
患者が自己責任のもと訪れた歯科医院。歯科医師の言葉には専門家としての説得力がある。
その言葉の前では患者は従順なものだ。歯科医師も、歯科技工士もそこに救われている。
それを信頼関係というのならそうなのかもしれない、治療は成功したと言える。

患者の求めるものを汲み取ったはずの歯科医師から歯科技工士への指示は、
間接的な、しかも限界のあるコミュニケーションでしかない。
歯科技工士が直接患者の傍で要求を聞きながら作業するわけにはいかない以上、
患者の思いを汲み取り歯科技工士に伝えるという、
最も難しい部分を避けることは出来ない。

そして、仕上がった歯科技工物が患者のこだわりを満たしているのかどうか。
歯科医師が汲み取ったはずの患者の思いとは裏腹に、
患者の求めるものを提供できなかった時、
そこに残された技工物は歯科技工士の責任で回収、または修正されるべきなのだろうか。

患者と歯科医師の間に信頼関係があるという事は第一前提だが、
歯科医師と歯科技工士の間にも、揺るがない信頼関係が築かれている必要がある。
特に審美歯科治療においては歯科医師の施術はもちろんだが、

患者に提供された歯科技工物そのものが評価の対象となりやすい。

歯科医療のトップは歯科医師であることには変わりはない。
しかし、そのコミュニケーションの場に歯科技工士が立ち入れるのなら、
歯科医療の現場は患者の理想により近づくことができるだろう。
患者のための治療、患者に安心を提供する事が医療に携わる者の使命だとしたなら、
目の前の患者一人に対しては、医師も技工士も衛生士も皆対等であるべきだ。