2010/12/02

形あるものは...
















#3 PFM Crown     Creation CC

小さい頃、親が大事にしていた皿を落として割ってしまったことがある。
「形あるものは、いつかは壊れる。」小さい頃、そう諭され救われた。

私は人工の歯を作る仕事をしているが、意図せず口の中で壊れてしまうことがある。

ある一人の患者さんで、同じ歯を4回作ったことがある。
いまだにこれという原因がはっきりしないのだけれど、初めての経験だった。

上顎右側の第一、第二大臼歯のPFM単冠のケース。
問題になったのは第一大臼歯。そもそも対合歯とのクリアランスがなく、
ドクターはリダクションコーピングを使ってクラウンに合うように支台歯を再形成。
そして、二つのクラウンは無事セットされたはずだった。
ところが数時間後。患者は慌ててドクターのところに戻って来た。
第一大臼歯のクラウンが破折したらしい。
ドクターから私に直接連絡があり、作り直してくれと言って来た。
リダクションコーピングをリクエストされたケースに関して、
うちでは保証対象外としていることは既に伝えてある。

『すぐにやり直させて頂きます、請求書は改めて... 』と。

2つ目のクラウンはすぐに作り直された。保証外とはいえ、半額だけの請求書と共に。
すると、ドクターから連絡があった。ご丁寧に手紙で。

『壊れたクラウンを撤去し、テンポラリークラウンを再度調整することになった。
患者さんに事情を説明し納得してもらうためにどれだけ時間がかかったか。
私は時間あたり$350で仕事をしている。それをどう保証してくれるんだ。
時間的な損失だけではない。信用も失いかけた。』

文面からその責任がうちにあると明らかに主張していた。
当然、誠意をみせたはずの請求に対しても、払う気などないようだった。
しかし私にしてみれば、 理不尽だと感じずにはいられなかった。
クリアランスが十分なかった事実やリダクションコーピングの問題点、
再製に対するうちの保証内容やその損失についての免責事項の確認。
そして、それらを踏まえ最終的には数ある歯科技工所の中からうちを選んだ、
あなた自身の責任は問われないのかと手紙で返事を返した。

そもそもこんなやり取りが一番面倒で時間も手間もかかる。
お互いにわだかまりも残りやすく、賢いやり方とは思えない。
タダでやり直すことの方がよっぽど簡単で精神的にダメージも少ない。
恐らく多くの歯科技工士はこのような場合、後者を取るだろう。

結論から言うと、しばらくして小切手が送られてきた。
そして、そのドクターとは今もなお良い関係を続けている。

その後2年近く経ちすっかり忘れた頃、
見覚えのある患者の名前を再び目にすることになる。しかも同じ部位。
隣在歯との間に食べ物が詰まるようになったのが患者は気にいらないらしい。
支台歯と対合歯とのクリアランスは前回よりも改善されていた。
こうして3つ目のクラウンを作ることになったのだが、
撤去されたクラウンの近心コンタクト周辺の形態を十分に観察した。
特にこれという問題は無いように思えた。また半額だけ請求させていただいた。

そして、最近になってまた同じ患者の同じ部位。
今度はインプラントに変わっていた。4つ目のクラウンだ。
全額請求しても何ら問題は無いと思うが、全額請求はしなかった。
同じように作ったその奥にある第二大臼歯に問題が起きないところを見ると、
4回作り直すことになったこの第一大臼歯に何らかの原因があるのだろう。
壊れた事実だけを見てしまえば、そのクラウンを作った私に非があるようにも見える。
もちろんそうなのかもしれないが、問題が起こった原因を指摘するのは非常に難しい。

我々歯科技工士が、
チェアサイドで起こりえる様々な問題の原因を指摘するのは難しいのと同じように、
歯科医師もまた技工サイドで起こりえる様々な問題の原因を指摘するのは難しいだろう。

「形あるものは、いつかは壊れる。」

歯科医師も歯科技工士も、私たちが患者に提供する物は壊れるのが前提。
そう言った認識の上、どちらに責任があるかではなく、
どうしたらそのようなトラブルを避けれたのか。

もしあのとき、ドクターがうちに見切りをつけていたなら . . . 。

患者の理解はもちろんだが、
歯科医師と技工士とが長期的に予後を観察出来る関係が、最も重要なのではないだろうか。

このケースもまた、問題が明らかになった訳ではない。
今後の経過も慎重に見守っていく必要がある。5回目が無いと信じつつ。